大和屋 巌 遺作展

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絵:ムックリの音色
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題名
ムックリの音色
大きさ
60号
1997年

85周年記念日本水彩展出品

「ムックリの音色」
アイヌの肖像である。男女が描かれている。立っている若い女性はムックリを鳴らしている。下方に男が物思いに沈んでいるような不思議な気配で座っている。いずれもおそらくアイヌの正装のスタイルと思われる。その衣装の独特の文様も面白い。男は刀を差しているが、現実にこういうアイヌの人が今いるとは思えないから、本を読んだり、あるいは記念館で見たりしながら、かつてのアイヌの生活様式から輝かしいアイヌの時代の若い男女を、想像力のなかに描き起こしているのだろう。その細部まで丹念に描き起こす筆力が、さすがにこの画家らしい。また、たとえば座っている男の右手の腕から指先までの表情などは、大和屋独特の表現であって、灰白色の中に微妙な調子をつくりながら、全体であるボリューム感とディテールもとらえた生きた手の表情をつくりだしているところが興味深い。(高山 淳)
『1998年版 現代日本の美術』(生活の友社)

【作者のことば】
 ムックリとは、アイヌ民族特有の竹製の楽器で、ひもで薄い竹をはじき、その振動による音を口腔で響鳴させるもので、曲らしいものはなく、音の強弱抑揚によってンビンという唸るような感じに聴こえてくる。ちょっと哀愁を帯びた音色なのです。
 この場面は、ムックリを奏でるメノコが愛人に聞いてもらっているところと思えばよい。まわりの風景は、白老のアイヌ部落のあるポロト(アイヌ語の広い沼の意)のほとり。遠景の沼岸に見える草ぶきの家は、昔のアイヌの住居。季節は晩秋のつもり。
 この構想は30年位前から、いつか描きたいと思っていたものでしたが、年頭にかくことを決意した。しかしこれに取り組むには、本に出ている写真を見て作画するというわけにはいかない。更科源蔵のアイヌ文学を読んだり、図書館で資料になるものをさがしたりして温かくなるのを待ち、4月はじめに4日間、白老を訪ねた。取材のため、アイヌ博物館では、ムックリの演奏を聞き、舞踊を見、図書を買い、アイヌの子孫と語り合い、スケッチをし、写真をとり、じっくりとまではいかないまでも、アイヌの住んでいた雰囲気にひたってきました。これは作画の意欲を高めたり、想を深めるために大切な条件だと思うからです。幸い、もと酋長だった宮本氏の娘さん(今、60歳位)と親しくなり、アイヌ特有の模様のある着物など買うこともできました。
 取材をもとに構想を練り、構図を決めるまでには、2週間ぐらいかかった。ちょっとスケッチしたものを引き伸ばしてお茶をにごすというわけにはいかない。私の場合、モデルを見て描くものだから、今回は男女2人、アイヌのイメージにふさわしい人をを選んで、アトリエに来てもらった。
 そして白い紙に一筆いれてから、約1か月間、毎日制作し続け、搬入の前日にやっと
完成したという次第です。
掲載誌等不明、オリジナルは縦書き(資料